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どん底から地上へ ~会社を放棄することまで考えた過去

どん底から地上へ 会社を放棄することまで考えた過去

 会社を設立してから約10年間、私は“超”のつくワンマン経営者でした。社員の欠点ばかり見て、あれを直せ、これを直せと言い続けていました。社員はストレスがたまり、こらえきれずにやめていきました。最大のピンチは、乗っ取りを画策する「プロ」を採用してしまったことです。人を見抜く力がなかったのです。しばらくすると、労働組合が結成され、社内は大混乱に陥りました。連日、苛烈な攻撃にさらされた私は心理的に追い込まれ、3日間出社できない状態になりました。

人材育成のため大学へ
27人いた社員は7人になり、私は残ってくれた社員のためにもどうすればよいか必死に考えました。そこで初めて自分自身の間違いに気づきます。そして50歳を目前に、人材育成を目指して大学で心理学を学びました。経営の実務をこなしながらです。80年代に入って経営に心理学的手法を取り入れ、社内の活性化に成功。さらに売上高伸長、コスト削減へとつながっていき、現場から自主性が生まれました。

生い立ち~ワンマン社長誕生

・最初の10年間はどんな経営者だったのか・社員の様子はどうだったか
 幼少の頃、無意識にインプットされたことは、貧困な家庭に育ちましたので、そのことを知られないようにと、ありのままの自分を出さずプライドを維持する態度がありました。
 農家育ちなので、まったく家庭教育はなく育ちましたが、親は私を高校・大学と進めるために、病院経営をしていた親戚に預け、私はまったく違う環境になりました。今思うと、あらゆることをさせられたので、よい習慣が無意識にインプットされたことは、有難い修正が身についたことと感じます。また、育ての母親は社会貢献をしていたので、大人になってから利他の心はポジティブとして入力されたことも、人生に大きいプレゼントを貰ったと思っています。そのことが私の中にある「愛情・信頼・奉仕」となったと過去を振り返ります。
 私の無意識にあるネガティブは、実の父親からは子育てに無関心であったことです。育ての父親からは、「稼ぎがよいと勝手気儘なことが出来ること」が子どもであった私に強くインプットされ、後に経営者として、トップの立場となった私は「自分の言うことは正しい」と行動するようになったようです。
 10年間は独断専行のワンマン経営者となり、協力していただいた社員は耐えられず、次々と3~4年で退職していきました。そんな本人たちに向けてしまった「お前は何をやっている」という言葉は、今は取り消したい心がある位に怒鳴ってしまったのです。当時は「もしも失敗したら…」という考えが強く、常に焦りがありました。

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